2008年8月17日 東京新聞 帰ってくる?『共謀罪』 秋の臨時国会狙う?  「共謀罪」をご記憶だろうか。一昨年、世論を巻き込んだ国会での攻防で成立を 阻まれた法案だ。「終わった騒動」とみられがちだが、衆院では継続審議扱いになっ て いる。それが秋の臨時国会で再浮上しそうな状況だ。というのも、先月のG8(北海 道洞爺湖サミット)で政府は対外的に共謀罪新設を公約。「衆院での再可決」という 機会も総選挙後には可能性が薄いためだ。 (田原牧)  共謀罪法案は政府が「国際組織犯罪防止条約の批准のため」として二〇〇四年二月 の通常国会に提出後、二回の廃案を経て現在、衆院で継続審議扱いとなっている。  自民党は昨年二月、世論の反発から「テロ等謀議罪」へと衣替えを図ろうとした。 しかし、その中身は日本弁護士連合会(日弁連)などの「条約の批准には共謀共同正 犯など現行法で十分対応できる」といった指摘には触れず、連立相手の公明党も同意 しなかった。  その後、音無しになっていたが最近、再び新設への動きが見え始めた。昨年九月 「G8までには共謀罪の成立を」と表明した鳩山邦夫前法相は望みを果たせないま ま、六月のG8司法相・内相会合にホスト役で出席。  この条約の批准を求める米司法長官に頭を下げ(別項参照)、会合後の記者会見で 「早期に批准できるように全力で頑張ります、という努力の誓いをした」と話した。  実際、この会合の総括宣言、さらに七月のG8首脳声明にも「テロリズムに対する 国際的な条約及び議定書の締結及び実施の重要性について強調する」という文言が 入った。国際組織犯罪防止条約は元来、テロ対策目的ではないが政府は国際公約を盾 に共謀罪新設をあらためて宣言した形だ。  ちなみにG8に先立つ今年四月、自民党は「世界一安全な国をつくる八つの宣言」 を公表。その中でも同条約の「締結に向けた法整備の促進」をうたっている。  一方、最大野党の民主党は「(共謀罪は)わが国の刑法体系を根底から覆しかねな い」「現行法は予備罪、準備罪、幇助(ほうじょ)犯、共謀共同正犯などの形で共謀 を犯罪とする措置がとられ、何ら新規立法をすることなく条約を批准できる」(〇七 年のマニフェスト)とし、あくまで新設には反対の立場だ。  こうした中、事態は今後、どう動くのか。現状はねじれ国会ですべての野党が共謀 罪に反対。加えて、総選挙の足音が近づいており、総選挙後に自民党が衆院で三分の 二という現有勢力を維持できる可能性は薄い。そうなれば、衆院再可決という荒業も 封印される。  つまり、次期国会を逃せば、民主党が法案修正に応じない限り、共謀罪新設の展望 は遠のく。  今月の内閣改造で森政権時代に法相として裁判員法など司法改革を主導した保岡興 治衆院議員が法相、自民党内で共謀罪導入の急先鋒(せんぽう)である早川忠孝衆院 議員が法務政務官に就任した。政府の“やる気満々”が垣間見える。  共謀罪法案が帰ってきそうな兆候は、ほかにもある。警察庁の準機関誌ともいえる 「警察学論集」六月号には、早稲田大学の古谷修一教授(国際法)が執筆した「国際 組織犯罪防止条約と共謀罪の立法化」と題する論文が掲載された。  内容は従来の民主党や日弁連などの主張への全面的な反論だ。「国内的な犯罪につ いて、共謀罪を認めない立法は条約義務と抵触する」「(条約の)第34条2項(国 際的な性質と関係なく共謀罪を定める)に対する留保も条約の趣旨及び目的と両立し ない」とし、この条約の批准に共謀罪は不可欠と説いている。  これに対し、関東学院大学の足立昌勝教授(刑法)は「論文では批准には共謀罪 か、犯罪団体への参加罪のどちらか一方の新設が不可欠としているが、条約の第5条 には『必要な立法その他の措置をとる』とあり、共謀罪や参加罪は措置の例にすぎな い。必ずどちらかの新設が必要という意味ではない」と反論。  龍谷大学矯正・保護研究センターの藤井剛氏は「(前出の)第34条2項は、事件 の中身がよく分からない捜査の初期段階では、あえて国際性や越境性の要件を付けな くても構わないという配慮の意味。越境性を付けずに国内法を新設しなくてはならな い、という解釈は条約の全体像を見失っている」と批判する。  こうした論争とは別に共謀罪とともに組織犯罪処罰法改正案に含まれている「サイ バー刑法」のみを取り出し、先に成立させる可能性もある。  今年五月、京都地裁はコンピューターウイルスを作成した大学院生に、著作権法違 反などで懲役二年(執行猶予三年)の有罪判決を下した。  判決直後、国会で早川議員はサイバー刑法部分の切り離しと早期成立を提言した。 この動きに日弁連・共謀罪等立法対策ワーキンググループの山下幸夫弁護士は次のよ うに懸念する。  「この法案では、ある一人のパソコンの差し押さえ令状があれば、同じサーバー (端末使用者の命令を受け、データを返すネットワーク上のコンピューター)に接続 する他人の受信メールなどの押収も可能。捜査当局がプロバイダー業者に九十日未満 の通信履歴の保全を求めることもでき、盗聴社会に似た状況を生む」  次期国会での共謀罪とそれを含む組織犯罪処罰法改正案の具体的な行方はいまだ流 動的だ。  たしかに国民に不評な共謀罪を焦点にすることには、総選挙を控えた与党内にも慎 重論がある。特に公明党に慎重姿勢が強いとみられている。  しかし、民主党筋によると、七月の衆院法務委員会の海外視察では、自民党委員か ら次期国会での審議を望む声が出たという。その民主党も来月の代表選後、国会の委 員会メンバーが変わりそうだ。委員によっては共謀罪の法案修正に応じる可能性も捨 てきれない。  いずれにせよ、与野党とも総選挙をにらんでの国会運営を強いられる。世論の動向 が結論を握っているといえそうだ。